さて・・・水を差すようで真に申し訳ないが、ここで時間を大きく巻き戻す。

何故か?

巻き戻さなければ今まで士郎は何処にいたのか?

何をしていたのか?

何よりもこれから先の士郎と『影』の戦いに一部説明をつける事が出来ないからである。

三十『養父』

「・・・っ!」

そんな無い混ざった感情が吹き上がり、土蔵の壁を殴り付ける。

そして一筋の涙が零れ落ち、地面に落ちて地面に吸い込まれる。

その時だった。

「遂に・・・行き着いてしまったんだね・・・士郎」

背後から懐かしい、だが聞く筈の無い声を確かに耳にした。

「えっ??」

その思わぬ声に士郎は思わず背後を振り向いた。

その士郎の視線の先には信じられない人物が立っていた。

ぼさぼさの頭髪、ろくに手入れもしていない無精髭、くたびれたロングコートを着た、士郎よりも若干背の高いその人物を士郎はかつて見上げていた。

「・・・ぁぁぁ」

声も出ずただひたすら口を開閉させる。

ようやく声を絞り出した。

「・・・ぁ・・・ぉ・・親父・・・」

そこにいたのは見間違いようの無い士郎の養父衛宮切嗣だった。

「うん、久しぶりだね士郎」

「親父・・・いや爺さん・・・だけど・・・あの時死んで・・・荼毘にも・・・でもここに・・・」

余りのショックなのだろう、ぶつぶつ呟く士郎。

「まずは落ち着いて士郎、はい深呼吸」

混乱している士郎を見て苦笑しながら切嗣は士郎に深呼吸を促す。

「あ、ああ・・・」

それを素直に受け入れて大きく息を吸い吐く。

しばらくするとようやく落ち着いた士郎が最も根本的な質問をする。

「本当に・・・爺さんなのか?」

「ああ」

「でも爺さん、あんた確か・・・」

「うん、確かに僕はあの時君に看取られて死んだよ」

「じゃあ今ここにいる爺さんは・・・」

「それについては後で説明するよ。それよりも士郎」

「え?」

不意に切嗣の感触の無い手が士郎の頭部に触れる。

「爺さん・・・??一体何を・・・」

「・・・刻印起動(タイム・スタート)、封印領域(ゾーン・マインド)」

その瞬間切嗣の着ているコートが不気味に光りを放つ。

「我の戒めし鎖ここに打ち砕く(リミット・ブレイク)」

その瞬間、士郎の中で何かが打ち砕ける。

何かなのかは士郎本人にもわからなかった。

しかし、直感でそう感じた。

「え??爺さん・・・これは・・・」

とにかく切嗣に尋ねようとした時、切嗣が思わぬ事を言ってきた。

「今の士郎は魔術を使おうとすると回路がひどく痛むんだろう?」

「!!」

声を出す事が出来ない。

そんな士郎を見ていたずらっぽく切嗣が笑う。

「何で知っているんだって顔しているね?士郎」

切嗣の言葉に声も無くただ頷く。

「それはね・・・僕がその戒めをつけたんだよ」

「爺さんが?リミッターを??」

「リミッターか・・・言いえて妙だね」

「でも・・・なんで・・・」

「それもこれから説明するよ・・・最も・・・」

そう言った瞬間切嗣から放たれる殺気に気付き身体は横に飛ぶ。

それと同時に切嗣の手にサブマシンガンが握られ銃口が火を噴く。

最初の掃射はかわしたものの、切嗣の手にはいつの間にか左右双方に一丁ずつのサブマシンガンが握られ、逃げる士郎を追うように銃口が移動し士郎を蜂の巣にしようと火を噴き続ける。

ようやく、士郎が道場の陰に隠れたのに間髪入れず銃弾が容赦なく壁を抉る。

「はあ・・・はあ・・・爺さん!!何故だ!何で・・・」

「その答えを知りたければ・・・僕と戦い勝つ事だ」

そう応ずる切嗣の声は今まで士郎が聞いた事がないほど冷たく乾いた声だった。

切嗣の『魔術師殺し(メイガス・マーダー)』の異名を士郎は様々な資料や数少ない証言を元に見聞してきたが、それを実際に見る事は叶わなかった。

何しろ切嗣が『魔術師殺し(メイガス・マーダー)』として活躍したのは第四次聖杯戦争の九年前まで。

それからはアインツベルンの下で聖杯戦争に備えつつも穏やかな生活を送り、一時だけ『魔術師殺し(メイガス・マーダー)』の皮を被った第四次聖杯戦争後の事は士郎も知る所である。

そこに『魔術師殺し(メイガス・マーダー)』衛宮切嗣の顔等窺い知る事は出来ない。

ゼルレッチの力を借りてこの世界に酷似した平行世界の切嗣を見る事も出来た。

いや、実際ゼルレッチからそう言われた事もあった。

同一ではないので完全とは行かないがかなり正確な『魔術師殺し(メイガス・マーダー)』としての切嗣を見る事が出来る。

しかし、士郎はそれを断った。

いくら酷似していると言っても、完全な同一でない以上見ても参考程度にしかならないと言うのが士郎の言い分だった。

しかし、士郎自身自覚しているもう一つの理由があった。

見たくなかった。

『魔術師殺し(メイガス・マーダー)』と呼ばれ恐れられた切嗣の顔など。

「安心してもいいよ士郎。この銃弾は魔力で創られた物。当たっても痛みはあるけど命に関わるものにはならない。致命傷に至るダメージを受けたら気を失うだけだ」

そんな士郎の苦悩を余所に切嗣は淡々と言葉をつなぐ。

そして次の台詞が士郎に切嗣と戦う決心を付けさせた。

「だけど・・・もし負けたら再びリミッターを付けさせてもらう。その上で僕とあった記憶も消させてもらう」

「!!」

士郎の体が強張る。

再びリミッターを付けられる事にも衝撃を受けた。

しかしそれ以上に再び会えた切嗣との記憶を消される、その事に士郎は更なる衝撃を受けた。

この時点で士郎は腹を括った。

戦うしかない。

そして勝つ。

「・・・投影開始(トレース・オン)」

紡がれた詠唱は今まで以上にスムーズに工程を経て士郎の手に剣・・・虎徹を創り上げる。

余りにもスムーズすぎたので士郎自身気付かなかった。

詠唱が『トーレス・オン』から『トレース・オン』に変化していた事を。

既にその眼光は衛宮士郎から『錬剣師』へと姿を変えている。

そっと顔を出そうとしたが、直ぐに顔を引っ込める。

一秒前まで士郎の顔があった場所を魔力で創られた銃弾が通過し再度道場の壁と塀に弾痕を刻み付けていく。

それを見届けると同時に士郎は新たな投影を創り出す。

「投影開始(トレース・オン)」

それは前回の倫敦攻防戦時に使用した火の槍。

その二つを手にして士郎は銃撃の終わるのを見計らい陰から飛び出す。

だが、既に装填を終えていた切嗣の銃が再び火を噴く。

それを士郎は宝具での迎撃で迎え撃つ。

「燃え尽きろ!神仙達の裁き(火尖槍)!!」

同時に炎が銃弾を全て呑み込み、焼き尽くし、その先の切嗣をも焼き尽くそうと先端を延ばす。

だが、当の切嗣もまた次の行動に移っていた。

「・・・(固有時制御・二倍速)!!」

同時に切嗣の動きが格段に跳ね上がり、炎の一撃を横っ飛びで回避する。

そのまま、サブマシンガンを二丁とも投げ捨てると士郎に接近。

サバイバルナイフを抜くや近接戦に移る。

それを察した士郎もまた火尖槍を投げ捨て、虎徹を構え迎え撃つ。

互いに数多の戦場を駆け巡り、その力を高めて来ただけあり、その技量は互角だった。

士郎が虎徹を横に振るえば切嗣はかがんでかわし、その隙を見つけて切嗣が士郎の心臓にナイフを突き刺そうとすれば神速で戻した虎徹がナイフの切っ先を阻む。

二人の攻防は長時間続くかと思われた。

しかし、二人の持つ武器は互角ではなかった。

切嗣の持つサバイバルナイフも長さは一般的なナイフに比べれば長いが、日本刀である虎徹と比べてみればその長さは圧倒的。

加えて、士郎の投影物だとしても虎徹は日本刀の中でも最上級の業物に数えられる名刀。

強度の点から見てもその差は歴然だった。

士郎の虎徹がナイフを根元から叩き切る。

そのまま返す刀で切嗣に踊りかかったが、次の瞬間虎徹も轟音と同時に根元から砕け散っていた。

「!!」

「・・・ふう・・・」

驚きながらも消滅しかかっている虎徹を放り捨てて、距離をとる士郎に対して安堵のため息を吐きその場を動かずにいる切嗣。

その手には虎徹を砕いた犯人が握られていた。

先程までのサブマシンガンに比べると前時代的な印象を与える一丁の拳銃。

トンプソンセンターアームズ・コンテンダー。

士郎は知る由も無い事だったが、これこそ魔術師衛宮切嗣の礼装。

単発装填と実戦には決して不向きであるが元々競技・狩猟用として使われていたその銃弾の破壊力は先程のサブマシンガンの比ではない。

銃弾は容易く虎徹の刀身を完全破壊してしまった。

士郎にとって幸運だったのは、三つ。

一つは虎徹を大きく振りかぶっていた事。

振りかぶっていたからこそ、切嗣のコンテンダーの弾道は士郎の頭上を超えて行った。

二つは切嗣が自身へのダメージを懸念して士郎の武器の破壊に専念した事だった。

切嗣が自身のダメージを度外視して士郎への攻撃に専念していれば自身が切り捨てられるのと同時に士郎の心臓部分をコンテンダーの銃弾は貫通していただろう。

そして三つ目は・・・

切嗣は銃身から空の薬莢を排出するとおもむろに懐から新たな銃弾を装填する。

そして士郎はと言えばその銃弾を見た瞬間、その銃弾の危険性を誰よりも理解していた。

あの銃弾は魔術師にとってはまさに究極の天敵。

メディアの『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』とある意味比肩し、ある意味では凌駕する。

あれは接触した瞬間魔術師の魔術回路を全て断ち切った後瞬時に繋ぎ直す。

ただし全くの出鱈目に。

それにより魔力は正しく行き交わなくなり、魔術回路を破壊して暴走する。

電気機器のショートと考えればいい。

『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』は回路の完全な停止だが、あの銃弾は回路所か魔術師本人を完全破壊してしまう。

魔術師には脅威そのものと言えたが、特に士郎の場合あれはまさしく天敵中の天敵だった。

何しろ士郎の武器は己の魔力を使い創り出す投影。

投影した宝具ないし、武器があの弾丸に接触すれば先程の虎徹の様に刀身だけの破壊では済まない。

おまけに士郎の魔術回路はただでさえ回路を保つぎりぎりの魔力量を保有している。

僅かな魔術の行使でも士郎には正真正銘致命傷に至る。

「・・・気付いたか・・・昔から解析には優れているとは思ったけど見ただけでこいつの特性に気付くとはね」

士郎の表情の変化を見て察したのかやや苦笑しながらあの魔弾を装填したコンデンターを構える切嗣。

咄嗟に再び道場の陰に隠れる。

だが、それも苦し紛れの足掻きに近い事を士郎は誰よりも理解していた。

あのコンテンダーが発射した弾丸の破壊力は素人の士郎から見ても先程のサブマシンガン以上。

やろうと思えば道場を破壊しながら士郎に迫る事も出来る。

士郎は知る由もなかったが、実際コンテンダーが発射した弾丸の弾速はサブマシンガンの二倍以上、破壊力に至っては七倍に達する。

その弾丸を完全に防御するのに物理的に頼るならば装甲車や戦車にでも乗らない限り身を守ることは不可能。

かといってここにそんな兵器等存在する訳も無いし、だからと言って魔術に頼ろうとすれば待っているのはあの魔弾だ。

辛辣を通り越して悪辣としか言い様が無かった。

(だが・・・)

その中でも士郎は一筋の光も見ていた。

あの銃は単発、つまり一発撃てば弾丸を再装填しなければならない。

切嗣がコンテンダーに弾丸を再装填するその間にサブマシンガンにだけ注意を払い懐に入り込めばあるいは・・・

だが、その為には切嗣にあえてあれを撃たせなければならない

(方法はある・・・)

士郎には一つだけ策があった。

最もそれも一秒のずれも許されないものだが。

(それでもやるしかない)

一つ頷き決心を固めてからおもむろに詠唱する。

「投影開始(トレース・オン)」

握られるのはブリューナク。

切嗣にあれを撃たせるには撃たざるおえない状況に追い込む・・・それしかない。

そしてその為にはこちらも生半端な攻撃では駄目だ。

確実に相手に撃てば勝てると思い込ませなければならない。

陰から飛び出すと、いつの間にか投影した黒鍵を一気に切嗣目掛けて投擲する。

それを切嗣も

「・・・(固有時制御・二倍速)!」

再び詠唱を唱え次々と飛来する黒鍵を交わしていく。

だが、それでも連続する黒鍵の襲撃をかわすのに切嗣の体勢も大きく崩れる。

それを見計らったように士郎は渾身の力を込めて自身の投擲最強宝具を放つ。

「轟く五星(ブリューナク)!」

撃ち放たれた槍はたちまち五本の閃光に姿を変えて切嗣に迫る。

体勢を崩した切嗣には避ける術等無いはずだった。

だが、

「!!・・・・・・(固有時制御・三倍速)!!」

切嗣は自身に深刻なるダメージを与える事に躊躇せず、さらに速度を上げて既に体勢を整え、銃を構え、コンテンダーから銃弾を発射する。

切嗣の放った弾丸とブリューナクが接触すればそれで全て終わる。

そう思われた瞬間、

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

切嗣が発砲したと同時に士郎の詠唱が交差する。

同時にブリューナクが爆発を起こす。

同時に切嗣の魔弾もその爆発に巻き込まれて四散し砕ける。

これを見た瞬間切嗣は士郎の策を悟った。

この際、通常弾でもいいとばかりに弾丸を掴むや、コンテンダーに装填すべく自身の動作の速度を先程のまま維持して空の薬莢を排出し通常弾を装填完了する。

そして構えようとしたがその時既に士郎は、懐に入り込み再度投影した虎徹を切嗣の首筋に当てていた。

「・・・」

「・・・」

しばしの沈黙が交差するが切嗣の大きく息を吐く音が戦いの終わりを告げた。









「強くなったね士郎」

笑いながらコンテンダーを懐にしまい込む切嗣。

「爺さん・・・教えてくれ一体どうして・・・」

一方の士郎は未だ表情に強張りを残して切嗣に問いかける。

「そうだね。そういう約束だったからね。じゃあ少し場所を変えようか」

「場所を変える?家の中って事か?」

「いやそうじゃない。ちょっと待ってて・・・」

そう言うと、目の前の空間に両手を添える。

「刻印起動(タイム・スタート)、空間領域(ゾーン・スペース)」

同時に再び切嗣のコートが不気味に光りだす。

「我が手に触れし空間は門となり、我望む場所に導く(ゲート・スペース)」

詠唱と同時に空間にひびが入り砕けると、空間に大きな鉄の扉が現れた。

「!!」

余りの事に士郎が絶句する。

転移は何度か体験した事もあるがこんな魔術は初めてだった。

そして切嗣が扉を押し開けるとそこには全く別の空間が姿を現していた。

うっそうとした森林、かすかに照らすのは星か月、そしてもう長い事誰も住んでいないであろうぼろぼろに朽ち果てた屋敷。

「爺さん・・・これ・・・」

「入って士郎」

切嗣に促されてその扉から入る。

続いて切嗣が入ると扉は自動的に閉まり、扉は跡形も無く消え失せ後にはここと同じ森林があるだけだった。

「ここって・・・一体・・・」

「ここは衛宮の屋敷・・・僕の父が暮らしていた場所さ」

「えっ?爺さんの・・・」

「ああだから士郎にとっては義理のお爺さんになるね」

そう言って切嗣は半ば以上朽ち果てたドアを開けて屋敷の中に入る。

その後を士郎も追う。

屋敷の中は埃で床は積もり、蜘蛛の巣が張り巡らされかなりの年月放置されていた事が容易に知れた。

それでも完全に闇にならないのは窓や既に崩壊した天井から月明かりが降り注いでいるからだろう。

そんな廃墟を切嗣は奥へ奥へと進み士郎もその後を付いて行く。

やがて切嗣はある一室にたどり着く。

そこはおそらく研究室・・・いや、工房だったのだろう。

様々な実験用具が机に放置されていたり床に砕けたり、あるいはすっかり錆び付いたものまである。

その部屋の片隅になる壁の一部を切嗣が押す。

すると壁が開放されそこに新たな地下へと続く階段が現れた。

そこに切嗣はいつの間にか拾ったのか先程士郎が投げ捨てた火尖槍を手にして工房の中にあるランプを手にするとそれに火をつける。

それから士郎に火尖槍を手渡すと自分はランプを手に階段を下り、士郎も火尖槍を着火してその後を付いて行く。

階段を降りた先には地下室が一つあるだけだった。

そしてその中心に木箱が一つ安置されていた。

「・・・うん、結界は綻びていないみたいだね」

「結界?」

士郎の疑問に切嗣は頷くとランプを床において自分も座る。

それに習い点火したままの火尖槍を自分たちとは離して床に置き切嗣に習い向かい合うように座る。

「じゃあ全部話そう・・・その前に士郎強くなったね」

「えっ?あ、ああ・・・俺も死に物狂いで修行してきたから・・・爺さんが死んだ後新しく師匠になってくれた人もいたし」

「うん、さっきはすまなかったね士郎。僕としてはどうしても君の力を見ておきたかったんだ。あの時は負けたらリミッターを付け直すと言ったけど負けても付け直す気は無かったよ」

「じゃ、じゃあ何であんな事・・・」

「ああでも言わないと君は本気になってくれないだろう?」

図星だった。

再びリミッターを付け直す。

切嗣がそう言ったからこそ士郎は本気で切嗣と戦った、いや、戦わざるおえなかった。

「僕が出てきたって事はリミッターが既に君に重大な障害になっているんだと言う事だしね・・・でも」

ここで切嗣は一旦言葉を切る。

「・・・負けたら僕と会った記憶を消し去ると言ったのは本気だったよ。あれは僕にとっては継承の為の儀式だったから」

「儀式??継承??一体それって」

士郎の疑問に対して切嗣は驚くべき答えを返した。

「・・・エミヤの魔術刻印の継承の為のね」

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